私は昔から割と占いが好きだ。中学生の頃はMy Birthdayという占い雑誌を定期購読し、むさぼり読んでいた。意中の彼が出来ると、本人に接近したり告白する勇気はないくせに、星座や血液型から理想のタイプを調べたり、自分との相性が何%なのか調べることに労力を惜しまなかった。勉強より熱心に、彼が振り向くおまじないを試していた。怪しい呪文を毎晩唱えたり、シャーペンの中に彼の名前を書いた紙を入れたりと、思い返せば儀式というより呪術に近い。しかし恋する思春期の少女は、そんな事も気付かず熱中していた。そんな占い好きが高じて、人から誕生日を聞けば、すぐ星座に変換できるのと、一度覚えた星座と血液型は忘れないという妙な特技も身に着けた。当然ながらこの特技が何かの役に立った事は未だにない。中年になった今では、そこまで占いに熱中してはいないが、一応テレビや雑誌の占いを見かけたら「どれ、ひとつチェックしてやるか」と、お前何様だ的な目線でチェックするくらいだ。
ある日、フリーペーパーに目を通していたところ、今週の星座占いに目が留まった。自分の欄をチェックしてみる。「今週のあなたは金運絶好調!いつもは会わない人に会うと良いことがおこる予感!!ラッキーカラーはオレンジ」と書いてある。私の胸は期待にふくらみ、何か良いことが起こるかも…と独り不気味な笑みを浮かべた。
そんな事もすっかり忘れていた次の日、ラインの着信音が鳴った。相手は久しく音沙汰のなかった異性の友人だった。前回会ったのは確か、離婚した後飲みに行った時だから、かれこれ5年前になるだろうか…なんだろうとメッセージを見ると、久しぶりに会いたいとの内容だった。その日は休日でなんの予定もなかったが、突然の誘いに少し驚き「何かあった?」と尋ねてみた。積もる話もあるし、会って話したい。との事だった。
待ち合わせ場所と時間を決め、じゃあまた後でねとメッセージを送った。そんな時、ふと昨日見た占いの記事を思い出したのである。
これは…。あのフリーペーパーのお告げと関係があるのかもしれない。その友人が出世して、社長になり、私を秘書にしたいという勧誘かも…そうなると私には長年勤務している仕事もあるし、一度は断ろう…しかし簡単に引き下がらない彼に「そこを何とか!報酬は今の3倍は出すから!」と。必死に懇願され「あなたの役に少しでも立てるなら」と戸惑いながらも引き受ける私。私の頭の中は低俗かつ低次元な妄想でいっぱいになった。
押入れの奥からオレンジ色のセーターを引っ張り出し、袖を通した私は意気揚々と待ち合わせ場所へ向かった。目的のカフェに入り、ホールを見渡すが彼の姿はまだない。私は入り口が見渡せる席に座ると、ブレンドコーヒー¥600を注文し、飲みながら彼の到着を待った。5分ほどして彼が現れ、向かい側に座る。5年ぶりに会う彼は、以前のような明朗快活な印象は薄れ、ひとまわり痩せ視線もキョロキョロと落ち着きがなかった。適当に天気の話などをしながら、いつ本題に入るのか待っていると「ちょっとここでは何だから車で話さない?」と言われた。
そうか…この至近距離に他人がいる状況では、落ち着いて引き抜き話もできないのだな。と未だ妄想かつ暴走が留まることを知らない私は承諾し、店を出て彼の車に乗り込んだ。彼の車は、社長が乗る車にしてはかなり年季の入った軽自動車であった。車の後方部分に何かにぶつけたらしきヘコみがあり、バンパーはさび付いている。
改まって話し出した彼の話はこうだった。彼は2年前に離職し、今は株の投資で生計をたてている。彼に資金100万円預ければ、それを運用し10%増やす事が出来るというのだ。つまり100万円を110万円に出来るから、100万円を僕に預けてくれないかという提案であった。私の肩の力は一気に抜けた。引き抜き話じゃなかった…増えるか減るか分からない、先行き不透明な投資話…意表をつかれた展開に私の脳は判断能力を失い、すぐ返事を返すことが出来ず、考えさせてほしいと返答した。
自宅に戻り、日課の家計簿アプリを起動し入力した。本日の出費はコーヒー代600円。
頼りなく光る数字を眺めながら、「コーヒー1杯に600円は高いよな~」と、しみじみ思いにふけった。ふと顔をあげ鏡を見ると、そこにはオレンジのセーター姿で引きつり笑いを浮かべる情けない私がいた。
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