美容室迷子

 この歳になっても初めていく美容室は緊張でちょっぴり力が入る。
初対面の人との雑談も苦手だし、2時間も週刊誌とファッション誌で持たせと言われても暇でしょうがない。おしゃれ女子の一週間日替わりコーデを見せられても、鏡の前の毛玉付きセーターを着たみすぼらしい自分とは別世界すぎて何の感情も浮かばない。ボトムスをジーパン、ハイネックをトックリと呼ぶ自分はファッション感覚を昭和に置き忘れてきたらしい。私にとってファッション誌は物の値段を確認し、自分にはとても買えまいと自覚する貴族の書物にすぎないのだ。白Tシャツに1万円とかネックレスに20万とか多分死ぬまで買う機会がないと思う。まだ赤ちゃんの上に垂らす回るやつを眺めていた方がリラックス出来るのに…と漠然と考えながら、ただ終わるのを待っている。
 

 今まで星の数ほどまではいかないが歳の数ほど通った美容室のなかで、楽しみだった美容室は2件だけだ。そのうちの1件は30代の頃に通っていた美容室で、自宅から車で5分の場所にあった。それまで価格が安いので何度かそこに行っていたが美容師の指名はしていなかった。
 毛染めをして、前髪が視界に入らなければそれで良い、くらいの美容師にとってはやりがいゼロの人間なので担当は誰でも良かった。その日の私の担当は、今まで存在は知っていたが初めて当たる人だった。私が偏見で抱く美容師像というと、やせ型で藤井フミヤが神様ヘルプを歌っていたころのようなパーマ頭で、黒のピッタピタのジーンズを履いている、というイメージだ。だがその人は私が抱くそれをぶち壊す、小柄でおデブで眼鏡で部屋着という風貌であった。ちょっと小ぶりの葉加瀬太郎みたいな感じだ。
 このクセの強そうな人か…野良猫なみに警戒する私をよそに、慣れた手つきでケープをひらりと付け彼は言った。
「今日は刈り上げの方はどうしますか?」
 「えっ⁉」
あらぬ方向からの問いに思わず鏡越しに彼を見た。聞き間違いかと思ったのだが続けて彼は
「ワカメちゃん風でよろしいですか?」
どこまでも真顔だったが、やっと冗談だと気付いた。
「この形のまま短くして下さい」
彼の向こう見ずなボケは素通りし、普通に答え雑誌を読み始めた。
 私の味気ない対応にも関わらず、彼はカットに取りかってからも否応なしに読書中の私に話しかけて来る。
「なんておしゃべりな美容師なんだ。もしかして私の事が好きなのか?」
 そう思い始めたころ、カットが終わりシャンプー台に案内された。シャンプーは見習いらしい男の子がぎこちない手付きながらも一生懸命やってくれた。
 シャンプーを終えて席に戻ると、プチ葉加瀬太郎は今度は私の右隣にいた女性の対応をしていた。彼女は常連さんらしく彼とかなり親しい様子で話している。
「あぁ誰とでも友達のような対応をするのか…」
 私を好きなのかもしれない…と勘違いもはなはだしかった自分を悔やみ、次のカラーに取り掛かるのを待った。やがてプチ葉加瀬太郎が戻ってきてまた話し始める。話題は海外ドラマの話に変わり、私が当時ドハマりしていたウォーキングデッドが面白いと言うと、彼も同じくウォーキングデッドファンである事が分かった。
 それから会話が尽きる事はなく、最後までドラマの話で盛り上がった。

 その日をきっかけに彼を指名するようになった。
プチ葉加瀬太郎のフェイスブックも登録し、彼の手がけたヘアスタイルがアップされるとすかさずイイねをした。
 何度か通い会話をするたびに、私は好感を通り越し、彼に好意すら抱くようになった。しかし他の客との会話で、子供の話や家庭の話をしているのを聞いて家庭がある事を知り、私のひとりよがりの恋物語は終わった。彼にとって私は何十人といる客の一人にすぎず、ちょっとばかり会話しただけで仲良くなった気になり、恋愛感情を抱いた自分の浅はかさを恥じた。
こういう女がホストに行くと、カモがネギしょってやって来たと思われ餌食にされるのだろう。ホストクラブにだけは一生行かないでおこうと静かな決意をした。
 それから1年ほど通ったが、プチ葉加瀬太郎が東京の店舗に移動になったことをきっかけに、私はまた美容室探しの旅に出ることになった。
 

 ドアを開けるなりタバコ臭が蔓延してるところ(昭和へつながるどこでもドアを開けたのかと思った。)
カラー材のせいか指が全部ダークグリーンの美容師、頭をバスケットボールの様に乱暴に扱う美容師、おねぇかと思いきや電話番号を聞いてくる美容師、いろんな人いろんな場所があった。
 そして最近、これからもここが良い!と思う美容室に出会えた。
自分とおそらく同年代の女性の美容師さんが1人でやっているアットホームな美容室だ。彼女とは好きなドラマがかなり共通していて話題が尽きる事がない。


 私にとって行きたくなる美容室とは美容師の「技術<会話」なのかもしれない。
 その証拠にその美容室で髪を切った次の日は
「自分で切ったの?」「床屋で切ったの?」「なんでそんなにバラバラなの?」「とっつぁん坊や?」
などと職場の同僚に言われる。
なんと言われようが、会話がはずんで楽しければそれでいいのだ。いや、とっつぁん坊やは普通に悪口では?と思った私なのだった。

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