独り身の虫退治

 独り身は自分の時間をすべて自分に費やせるという特典がある。
その反面、自分にふりかかる事は苦手な事でも、すべて自分で解決しなければいけない。

 私は実家で母と二人暮らし。家は一戸建てだが築40年以上でリフォームも一度もしていない。正しく言うと経済的余裕がないため、したくても出来ないのだが。
人間も40年以上生きればあちこちガタが来るように、家にもあらゆる問題が起きて来る。壁紙は変色し結露をおこし、木材は腐り変形する。水道管はサビ付き、窓枠は老朽化による変形できっちり閉まらなくなる。その隙間を利用して許可なく侵入してくる不届き者がいる。
 それは「虫」である。
 本当に苦手だ。大大大大大嫌いだ。あのダークな色、妖しく艶やかな体、おびただしい数の足、グロテスク極まりない。家賃も払わず住みつき、走りまわり、うごめき回り、飛び回り、とにかくやりたい放題である。主に家にでるのは、アリやクモ。ワラジムシにカナブンにゲジゲジである。ワラジムシと言えば、子供の頃、ガムテープで捕獲したワラジムシの裏側に卵が付いていて、少し折り曲げてみると、おびただしい数の幼虫がワラワラとうごめき出して出て来た光景は、今でもトラウマとなって脳裏に焼き付いている。


 カナブンは、同じ愛称のクラスメイトがいそうな一見親しみやすい名前である。動きも遅いのでまだ他の虫よりはましだ。発見した時の対処法はこうだ。ティッシュでそ~っと潰さないように優しくつまむ。そしてティッシュごと玄関前に置いておく。30分ほど時間を置いて、ティッシュにカナブンが付いていない事を確認してティッシュを回収する。カナブン目線でいうと「気が付いたらそこは外だった作戦」を取っている。誰も傷つかないもっとも穏便な解決方法だ。だがティッシュを回収し忘れる事もたまにあり、母は何で最近玄関先にティッシュが落ちているのか?と首をひねっていたが知らん顔をした。ちなみに先日、テレビのチャンネルを消そうとしたら、電源部分にカナブンがへばりついていて危うくカナブンを押す所だった。家にいても静かな恐怖はひそんでいるため油断しては行けない。


 ワラジムシはあまりにも出没回数が多いため慣れてしまい、すぐ横を歩いていても「通行しているな」と横目で見るくらいで放置している。むこうも私を、たちはだかる建造物くらいの認識で避けて通るため、お互いに干渉しない大人の関係性を築けていると思う。
 なんといっても私の一番の悩みの種はゲジゲジである。何十回遭遇しても、あの姿を見慣れる事はないし、親近感も沸かない。直視するだけで身の毛がよだつし、見るたびに「ヒィッ!」とか「ギャッ!」と叫んでしまう。おまけに鈍い私の足では追いつけないほど奴らは早く走る。あのたくさんの足でどんな場所にも這って移動する。唯一救われた面があるとすれば、奴らに羽が生えてないことくらいだ。あの容姿で飛び回られたら、私は泡を吹いてひっくり返ってゴキブリのように失神すると思う。風の谷のナウシカの世界観では許されても家の中では許しがたい。
 家の中でも、もっとも遭遇する確率が高いのは風呂場である。少し前に、髪を洗ってすすごうと上を向いたら、天井にへばりついていた事があった。あの時の衝撃は言葉ではとても言い表せない。どんなに止まらないしゃっくりも止める威力がある。泡だらけで水浸しのまま脱衣所に飛び出し、しばらく放心状態でドキドキが治まらなかった。あのドキドキが、ゲジゲジのショックのせいか加齢によるものかの判別は微妙だが、そこはゲジゲジのせいにしておこう。しかし文句ばかり言っていても解決しないので、最近は対策するようにしている。


 まずは粉末タイプのゲジゲジ退治の薬を購入し、念入りに家の周りに撒いた。お風呂に入る前には、噴射式の撃退スプレーを片手に右よ~し、左よ~し、天井よ~しと点呼し、シャンプーラックの下やシャンプーの小物の裏をチェック。風呂の椅子の下も危険地帯だ。万が一いた場合にはすかさず噴射、あまり直視して今夜の夢に出ないよう、ギリギリ見える程度の薄目で視界をぼんやりさせる事がコツである。あとはハエたたきのハエをつまむ部分でつまみ、風呂場の窓から捨てる。最近はこの方法で乗り切っている。
 ゲジゲジは益虫とはいうものの何度見てもあの気持ち悪さは見慣れない。遭遇した時は
「あぁ、こんな時キャーッと言って後ろに隠れられる誰かがいたらなぁ…」
と独り身の不便さを噛みしめる私であった。

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